サオリのブログ!

お気持ち表明

転機


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9年来の友達が、また日本を発ち、UAE

行くことになりました。

京大の院でアジア経済について研究しているのだけど、久々の再会とまたしばしの別れの日に…。

 

出会いは高校生のときです。

クラスは違ったけれど、不思議と波長が合い、何なら家も近所で驚いたことを覚えています。

 

彼女とは、結構将来を左右する転機の時期がかぶっていて、近況報告をしあってました。

私が看護学科時代、大学を辞めるか迷っていたとき、彼女は英国で長期留学を始めていたし、商学部2年生として新たなスタートを切ったときには、院進を目指して頑張っていました。

そして今回私の就職が決まったとき、

彼女は経済の調査員としてUAEに行くみたいです。

留学、ではなく仕事で。

なんというか、自分の力で将来を切り開き、着実に自分が活躍をするステージを上げている姿に実はいつも感銘を受けています。

そして、転機の時期がかぶっているのも

道は違えど、何らかの縁を感じます。(笑)

 

私は暫く日本を出ないけれど、

帰ってきたときにちゃんと一社会人としての私の姿で迎えられるよう、精進致します。

また会おうね‼️絶対に!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

気まぐれ解釈自省録

解説書を読んでいない、ストア派の基本思想やローマ人の思想等の予備知識は一切ない。

ただ、気になった一節を現時点での個人的な解釈をしてみようという記事。

まあ、こういうことなんかな?みたいな

気まぐれに更新する

 

マルクス・アウレリウス・アントニヌス

「自省録」第4巻 第三節より

原文

「憩いの場所にと、人々は田園や海浜や山地を求める。すべてそうしたことは、欲するときにお前は自己のうちに憩えるのに、この上なく知恵のない馬鹿げたことである。なぜなら人は、自己の心内に退いて憩うよりも安らかに、諸事面倒から離れてという所はどこにもないからである。一度それを覗き見るや身は直ちに快適の極みとなるごとき拠り所をうちに持つものにおいては、ことに然りである。ここに私の言う快適とは節度以外の何物でもない。されば、かかる憩いの場をたえずおまえ自身に与え、おまえの生気を新たにせよ。」

 

 

私の解釈

これ、旅行やバカンスを否定してるわけではないよね。何か悩み事があるとき、何か模索していて自分自身が見えてないときに所謂「全てをまっさらにリセットして自分探しの旅」等しても答えなどどこにもないよ。ということだと思う。

答えや、救いなどは実は自分自身の中にある、というより自分と向き合うことで出てくるものであり、

自分がそこに存在している以上は問題を一旦ゼロにして…ということはありえない。 

そして、快適というのは、逃避した先で得られる目先の快楽ではなく自己と向き合い、律することで心の安寧を得ること。言い換えると、自分の機嫌は自分でとるということ。

すべてを他人やものに丸投げして得られる快適は

本質的に快適ではない。

常に、自分と向き合い、自分自身の内に救いを見出し、そこに存在している意識をアップデートすべし

 

 

 

感想

  

 

まあこういう感じかな。

ちなみにこの後は「一体お前は何が不安なんだ?周りの悪が許せないか?それとも富や名声への憧れか?

自分自身のことが気に入らないのか?」的な文章が続きます。

 

 

この著者本当にストイックよな、いや、ストア派という思想がストイックという言葉の語源になってるらしいけど。まじストイック。普通に現実逃避したいわ。

少し嫌なことがあると、全てなかったことにしたいって思うよなぁ。けど、アントニヌス帝、めちゃストイックだつたんだろうけど、ここまでリセット癖、オールオアナッシング人間の解像度が高いってことは

実はそんな一面もあったのかもしれないね。

てか、語彙力がなくて悲しい、。あの、日本国憲法を口語訳したひとみたいに面白おかしく書きたいのに…

成長しないな!

いくら、丁寧な言葉を使ったとて

あくまでも私の主張。

相手にも相手の主張がある。

会話の形をした主張と主張のぶつかり合いでしかないため、話し合いが成立するわけがない。

と、考えられなかった認識の甘さを

実感されられた一週間でした。

 

P.S

感情的になるというのは、大声を出して怒るとか、物に当たるということだけではなく、なにか問題が起こったときに自分にとって都合のいい想像の世界の基準で判断をしてしまうということも指すなぁと思いました。

 

 

話せばわかってくれるよ!って言葉滅びないかな

 

以上

わたしはしなくていい経験ばかりしている…

 

人間になりたい

就活を控えて テストを言い訳に

現実を見たくないモード ちょっとメールチェックとかも怠ってしまっている今日この頃

なんというか、人間になりたい 

いや、人間なんだけどさ

 

自己分析やらいろいろ深みにハマると

闇堕ちするよて

本当のことね

 

ところで 私は

 

みずがめ座

MBTI診断ではINFPで

適職診断では芸術家・アーティストタイプ

 

て書かれる よくある占いのような統計学では

社会不適合者の

役満みたいな結果を叩き出しておりますが

 

 

社会に適合するてなんでしょうね。

とりあえず、分からないことがあったら質問する

無断遅刻、当日欠勤をしない

挨拶をする

 

ができてれば社会適合者なのではないでしょうか

てか、自分にそこに居たいという意思があって

存在し続けていれば 

浮いていようとなにしようと

そこは自分の居場所になるのではないでしょうか

 

知らんけど

 

…なんの記事だ?ってなってきましたが 

私はこないだ、初めての早期選考の面接を受けて

落ちて 本命ではなかったのですが

自己肯定感が削られまくっているので

完全に病む前に

とりあえずブログに書いておこうと

 

これ、別に誰かから

そんなことないよ!すごいよ!って言われても

その場では気持ちいいかもしれないけど

結局解決にはならないんですよ

 

ならないんだよなぁ〜🥂🥂

 

まあ、なんか話がごちゃごちゃしているのでこの辺にしようと思いますが

やるしかないね〜

多分就活の不安なんて 

内定貰えないと

払拭できないし

内定もらったらもらったで

次は社会人になる不安が出てくるんですよ

きっと

 

なんというか、不安のない人生とか

ないと思ったので

やるしかないなーと思いました

とりあえず、先延ばし癖と

傷つきたくないが故の過剰防衛の緩和からだな

メールチェックしよ

 

とりあえず今日はそれが出来たら上出来

 

おわり

憧れとは!

先日の初面接の感想やゼミのプレゼン資料とか、するべき振り返りはあるのですがまたまた自分語り。

 

今回のテーマは憧れ

憧れって一種の諦めで、理解から最も遠い感情🤓

だと思ってたんですけどね、自分とは全く異なり、同じ土俵はもちろんそれに近づくことすら不可能だからこそ憧れるのであって。

でも確実に自分の中に残り続け、影響を与え続けるものなんだなーと感じたエピソードを思い出したんですよ。

 

私が大学入りたてのときにすごい憧れてた4年生の女性の先輩がいました。私は時空をかなり歪めているので

もう6年前くらいの話です。

 

その先輩はピンヒールがよく似合う、他の学生とは一線を画して大人っぽくて色気もある美人でした。

その先輩とは社交ダンスサークルの見学で出会いました。みんなの前で出し物としてダンスを踊ってて

こんなきれいな人が大学にいるんだ!と

釘付けになったことを覚えています。

私だけでなく皆、そう感じていたと思います。

そういうわけで私はそのサークルに入りました。

ちょろいですね。

私はその先輩に一目惚れして憧れたわけです!

当時の私はどちらかといえば幼い外見で、その先輩とは似ても似つかなかったです。

服装一つとっても彼女は細身のカシュクールニットにタイトなスカートに、足元は細くて踵の高い華美な靴、そして革のシンプルなトートバッグを持っていたのに対し、

私は頑張って流行に乗ったつもりのサイズが合ってない袖がフリルになったトップスにウエストゴムのスカート、デパートの地下2階の婦人靴コーナーで値引きされてたよく分からないブランドのローヒールに大きなナイロンのリュックとLINEのウケ狙いのクリエイターズスタンプみたいな絵柄がついたサブバッグ

という出で立ちでした。

耳には開けたばかりの大きくて明らかに偽物の石と分かるファーストピアスがついていました。

 

正反対なのがよくわかりますよね。

 

わたしも綺麗になりたいなぁなんて思ってたけどタイプが違いすぎるし、別にその人に寄せようとなにか行動したわけでもなかったです。

違いすぎると真似する気すら起こらないんですよ!

如何せんすべてが違いすぎて仲良くなることもできないだろうなぁと思っていました。

 

ただ、いつも練習に来る彼女を遠くから見て綺麗だなーいいなぁと思ってました。

 

…思ってたけど仲良くなりました

なんていう展開ではありませんよ(笑)

 

 

そして特に仲良くなることもなく(笑)先輩は卒業しました。

同じサークルにいた時はずっと「先輩綺麗だなー、いいなぁ」と思っていましたが、

卒業して長い間会わないでいるとその感情も当然薄れていきます。SNSでは繋がっていましたが

特に仲がいいわけでも無かったので連絡を取ることも無かったです。先輩は、投稿頻度も少なかったですし。

 

あの時から今6年経ちました。

私が身を置く環境も変わり、先輩に憧れていたことも忘れていました。 転部したり、新しいバイトをはじめたり、考えることや受けるいろいろな刺激もあったので!!

 

しかし、先日Instagramを開くと

その先輩が「結婚しました」という内容で投稿を更新していました。

懐かしくなってプロフィールページに飛びました。

先輩の過去の投稿を見るとびっくりしました。

なぜなら、いま現在、23歳の私の

服装や雰囲気や表情の作り方が

当時の先輩に似てるんです

もちろん顔が似てるとかではないですし、

色気のある美人になった

というわけでは無いんですけど

似てるんですよ

 

最初に書いたとおり憧れていた当時は

先輩みたいになりたいから、似たような服を買おう!

とか全く思っていなかったし

私のこの6年間の服の好みの系統は、

ボーイッシュな服装にはまったり

モード系が好きになったりといろいろ変わってたんですけど…

いつのまにか先輩に寄ってました!!

もちろん、他の理由もあると思うんですけど

刷り込まれた、無意識レベルの憧れって

あるんだなぁと感じました。

 

きっと服装の好みや、環境が変わっても

6年前に抱いた憧れは私の中に

残り続けていたんですね。

 

まあ、そんな話でした。

 

以上☺️🥀